教会を休む
[きょうは、家族3人で教会を休んだ。
何年も前から、夫婦で教会の奉仕に参加していてきたけれど、ことあるごとに、古参の一部信者たち(注)から、妨害されたりいじわるなことを言われ続けてきた。最近では、誹謗中傷する電子メールを他の多数の信者に対して送りつけられる等、行為がエスカレート。灰の水曜日には、とうとう妻は、面と向かって公然と批判される等、かなりやりこまれてしまった。(よりによって、灰の水曜日ですよ。)
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きょうは、家族3人で教会を休んだ。
何年も前から、夫婦で教会の奉仕に参加していてきたけれど、ことあるごとに、古参の一部信者たち(注)から、妨害されたりいじわるなことを言われ続けてきた。最近では、誹謗中傷する電子メールを他の多数の信者に対して送りつけられる等、行為がエスカレート。灰の水曜日には、とうとう妻は、面と向かって公然と批判される等、かなりやりこまれてしまった。(よりによって、灰の水曜日ですよ。)
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ミサが始まる前は、いつも考え事をしているのですが、今日はこんなことを考えておりました。
教会にヒトリで来る人、多いなあ。家族で1人だけカトリックっていうのも、たいへんだろうに。配偶者に、「また教会に行くの? たまには家族と家に居たら?」なあんて嫌み言われたり。そういう自分も、むかしは妻に「教会に行ってどうするの?」って言われたもんだなあ…。
そんな事情を抱えている家族も多いだろうに、あるご一家ですが、信者でないお父さん、ひさしぶりに教会に来ていましたよ。病院の仕事で忙しい中、信者の妻子と一緒に。感心感心。きょうは教会学校があったのだけれど、お父さんが来てくれたというので、子どもたちは大層よろこんでいましたね。
で、事件がありました。ミサ後に。
ある信者さんが倒れました。意識を失っていたそうです。意識が戻ったのだけれど、レベル3〜10くらい。まわりのご婦人方がパニック。本人は、「じっとしていれば大丈夫」と、救急車を呼ばないでと言っている。でも、どうみても大丈夫そうでない。
そんなとき、件の医師のお父さん登場で、的確に対処してくれましたよ。みんな感謝、感謝。
倒れた方は救急車で搬送されていきました。いつものような元気を取り戻すように、お祈りします。
でも、倒れたのが教会でなかったら、たいへんなことになっていたかもしれない。しかも、今日はたまたま、その場に医師がいたのは、幸いだった。
医師といえば、加賀乙彦さんも来ていましたね。なんだかすっかり、私たちの教会の風景にとけ込んでいました。妻は、加賀先生の顔を知らないというので、似顔絵を描いて教えてやりました。パーティーの席で一緒になったことがあるのに、気づかなかったそうです。
先週の「サザエさん」で、家の隣にイササカ先生が引っ越して来た話の再放送をやっていたけれど、あんな感じですね。うちの教会に大作家が通ってくるようになったのですから。
ところで、きょうは第二主日。(リンク先は女子パウロ会)
説教はカナの結婚の話にでてくる世話役についてだった。あの世話役、目前の作業に集中しすぎて、周囲の状況を把握していなかった。こういうのって、日常生活でも陥りがち。気をつけないと。
うちの子供が通っている学校の児童たちが、シスターたちに引率されて巡礼に来てくれた。
教会でのミサ、掃除をしたあとに、近所の公園で縄跳びなどをして遊んだ。写真の後ろに写っている建物は、うちの子供が1年だけ通っていた公立の幼稚園。この幼稚園からカトリックの幼稚園に転校しただけに、感慨深いものがある。
きのう土曜日は授業参観だったけれど、普段の学校の様子からはわからない、子供たちとシスターたちの「素」(す)の様子を、きょう垣間見たような気がした。
シスターに不従順な態度をとったり、わざと憎まれ口をいう子供もいたのだけれど、なんだか母親に甘えている幼児のようだった。かまってもらいたいのが、ありありとわかる。
子供たちのこういう態度は、世俗の教員や神父さん相手のときとはちょっと違って、まるで遠慮がないのだ。
シスターたちは、そんな子供たちと絶妙な間合いをとっている。時にはマジで怒ったり、思いっきり甘えさせたり。決して無視はしないで、いつも見守られている安心感を子供たちに与えていた。これが、ドン・ボスコのいう “assitenza” (英語でいう「アシスタンス」) の教育なんだろうと思った。
いつもは行儀がいい子供たちなのだが、そこから逸脱した子供たちの様子から、修道会が経営する学校のよさを、思いがけず認識できた。
こどもの初聖体を、ようやく今日迎えた。(成人洗礼の1人、幼児洗礼の1人、あわせて3人で、聖体拝領。)侍者をやりながらの初聖体で、ちょっと緊張したみたい。
多くの人から、お礼のことばやお祝いの品物をいただいた。学校からは、宗教科のシスター(サレジアン・シスターズ)にも来ていただいた。
記念に、シトー会(トラピスト)西宮の聖母修道院のクッキー詰め合わせを、当日ミサに参加した方に配った。
(ちなみに、「たま」の歌の「ロシヤのパン」(「さんだる」や「たま ナゴムコレクション」に登載)の歌詞に出てくる「トラピストクッキー」は、おそらく北海道の男子修道会(厳律シトー修道会、灯台の聖母トラピスト修道院)のトラピストクッキー。)
西宮の女子修道会のトラピストクッキーは、どれもおいしい。妻が電話でお願いして、ふつうと違う包装で用意してもらった。百数十個のクッキー詰め合わせに、お祝いのメッセージをそえて送ってくれた。
数百円から数千円まで、予算に応じていろんなセットがあるようなので、興味のある方は、ぜひ問い合わせてみてください。
西宮の聖母修道院
西宮市鷲林寺町3-46
電話 0798-71-8111
そうそう、ここの修道院の建物は、村野藤吾の設計だそうだ。(村野も丹下健三も、教会の設計を手がけた後、しばらくしてからカトリックに改宗している。)
私は、高校を卒業してから暫く、村野が設計した庁舎で働いた経験がある。そういえば、職員採用試験の会場も村野の設計だった。そんなこともあって、彼の作品には、どれも愛着がある。
村野作品といえば、有楽町の読売会館(旧そごう)は、「ビックカメラ」になってから外観や内装がだいぶ変わってしまった。それだけに、村野っぽい部分を見つけると、とてもうれしくなる。たとえば、トイレなんか、大掛かりな改装をしているけれど、村野的な部分がすごく感じられる。
西宮のトラピスト修道院、一度尋ねてみたいなあ。
カトリック神田教会、きのう(12月24日)のミサは、東京教区本部事務局のチェレスティーノ神父(ミラノ宣教会)、油谷神父と田中神父の共同司式。説教で油谷神父が(麻生総理が)「教会のクリスマスミサに来るそうですが、そのあとホテルのバーに行くんでしょう」と言っていたが、実際には、カテドラルのミサのあとは、家族揃って深夜自宅に帰ったそうだ。念のため、お知らせします。
夜半の1回目のミサの始まった時間には、まだ仕事をしていた。職場から教会まで徒歩で15分程度なので、すこし遅刻した。例年だったら一日休みをとるところなのだが、今年のクリスマスは、献金係しかやっていないので、終始お客様モードだった。
一夜明けて今日は、日中のミサに参加するので、一日休みをとった。所持金が200円くらいだったのでコンビニのATMで貯金をおろしたら、残高がものすごく増えていてびっくりした。意外なことに、あきらめていた「ボーナス」が出ていたのだった。この不景気のご時世で、ありがたいことだ。神に感謝。