こどもが星美学園小学校に入学を希望しているのだが、きょうは親子面接だった。
自分は、聞かれた範囲で、言いたいことを目一杯喋ってきた(笑)。子供は、落ち着いて、普段のとおりしっかり受け答えしていた。意外にも、余裕がなかったのは、母親でした。
最近の金融危機の影響で、仕事が忙しかったので、面接の日程を後にしてもらったのだが、結果として正解だった。同じく星美を受験した家庭から、「面接でこんなこと聞かれたよ」とか、いろんな情報を教えてもらえたので、安心して面接に臨むことができた。みんなに感謝。
さてさて、学校の敷地を歩いていて気がついたのだが、校舎のまわりに、JRの標石が埋め込まれていた。真鍮製のプレートに、緑色で「JR」と書いてあるやつ。この下には、ちょうど新幹線のトンネルがあるので、たぶん地上権の設定範囲を示してあるのだろう。
で、土地のことだけれど、私が赤羽の星美学園を知ったのは、たぶん「蟻の街のマリア」か何かの本だったと思う。サレジオ会をはじめとする兄弟姉妹が、とても苦労してここの土地を手に入れたことが、書いてあったように思う。ドン・チマッティはもちろん、、聖母の騎士会 (OFM Conv.) のゼノさんも足繁くここに通ったわけだ。そういえば、こんどの「カトリック新聞」には、星美学園小学校がNHKの合唱コンクールで金賞をとったこと(NHK全国学校音楽コンクール・全国大会星美学園小が金賞「亡きシスターにささげたい」)とあわせて、訃報の欄に、平手シヅ修道女が「学園の土地問題」に尽力したことがのっている。
貧乏だった修道会が、もと軍用地(陸軍 第一師団 工兵第一連隊)だったこの土地の払い下げを受けられたこと自体が奇跡のような話だけれど、その後ここが新幹線の用地となって、削られて、そのため校舎が建て替えられたり、そこから古墳が発掘されたり。この学校の敷地にまつわる話は、ほんとうに不思議で興味深い。
ところで、面接のあとは、子供を塾に連れていくため、青山まで地下鉄で行った。その途中、赤羽岩淵の地下鉄の駅の近くで、谷口六郎のモザイク画のある本屋をみつけた。この本や「金龍堂書店」すでに閉店しているらしく、店舗部分がガレージになっていた。しかも、まわりが空き地になっていて、建設予定の看板がでていた。このビルまでつぶされてしまうのは、惜しいなあ。がんばって残して欲しい。
で、表参道の地下鉄の駅前には、またもや谷口六郎のモザイクへ壁画があった。こんなものがあったことを、ずっと忘れていた。