ほなくなーしきーま
[大阪の親戚から「ほなくなーしきーま」というメール来た。
「ほなく」?なんのことかと思ったら、種子島弁で「蒸し熱い」ということだった。
奄美のことばだと、なんとなく「解読」できるが、種子島弁だと、時たまこういう難解な語彙が混ざってしゃべられたりするので、頭をかかえて悩んでしまう。
大阪の親戚から「ほなくなーしきーま」というメール来た。
「ほなく」?なんのことかと思ったら、種子島弁で「蒸し熱い」ということだった。
奄美のことばだと、なんとなく「解読」できるが、種子島弁だと、時たまこういう難解な語彙が混ざってしゃべられたりするので、頭をかかえて悩んでしまう。
創価学会会員(学会員)のみなさん、おまたせいたしました。
「創価学会本部 西神田」で検索されて、このブログにたどり着く方が多いので、お調べいたしました。
信濃町に移る前の創価学会本部は、東京都千代田区西神田にあったことが知られていますが、現在の場所は、西神田3丁目8番1号「千代田ファーストビル東館」の敷地内、いちばん南側の位置かと思われます。創価学会があった当時の町名は西神田2丁目です。昭和42年4月に住居表示実施でにより、3丁目になりました。
ここの一角に、(おそらく日本正学館を経て)創価学会の本部があったのですが、信濃町に本部が移転後、その建物は、昭和36年から昭和60年頃まで「一茶庵」というそば屋が使っていました。(そば屋は、他所に移転。現在、系列の店が神田神保町3丁目で「九段一茶庵」という屋号で営業しています。)
検索したら、写真がありました。(リンク)

一八稲荷神社
それにしても、なんで今まで気がつかなかったのだろうか。

Ippachi Inari Jinja Shrine
うちの子供が通っている学校の児童たちが、シスターたちに引率されて巡礼に来てくれた。
教会でのミサ、掃除をしたあとに、近所の公園で縄跳びなどをして遊んだ。写真の後ろに写っている建物は、うちの子供が1年だけ通っていた公立の幼稚園。この幼稚園からカトリックの幼稚園に転校しただけに、感慨深いものがある。
きのう土曜日は授業参観だったけれど、普段の学校の様子からはわからない、子供たちとシスターたちの「素」(す)の様子を、きょう垣間見たような気がした。
シスターに不従順な態度をとったり、わざと憎まれ口をいう子供もいたのだけれど、なんだか母親に甘えている幼児のようだった。かまってもらいたいのが、ありありとわかる。
子供たちのこういう態度は、世俗の教員や神父さん相手のときとはちょっと違って、まるで遠慮がないのだ。
シスターたちは、そんな子供たちと絶妙な間合いをとっている。時にはマジで怒ったり、思いっきり甘えさせたり。決して無視はしないで、いつも見守られている安心感を子供たちに与えていた。これが、ドン・ボスコのいう “assitenza” (英語でいう「アシスタンス」) の教育なんだろうと思った。
いつもは行儀がいい子供たちなのだが、そこから逸脱した子供たちの様子から、修道会が経営する学校のよさを、思いがけず認識できた。