Archive for the '育児' Category

暴れん坊男子の影響で、愛子様が登校できないことについて

[ 한글 中文 english ] [2010/03/06 (土)の記事一覧]

学習院初等科2年の乱暴な男子のことだけれど、学校の外にも噂が聞こえてくるほどだから、相当なものだったのだろう。

1学期から保護者から学校に苦情が殺到していたようだ。結局学校は、去年の11月にやっと重い腰をあげたようだが、時既に遅く、ほかの子供たちにも大きな心の傷を与えてしまった。そして今週、愛子さんが学校に行けなくなってしまってから、再度慌てて対応というのは、残念としか言いようがない。

うちの子供も最近何度か学校を休んだり半休したり、気分が荒れていて医者に診てもらっている。学校の先生やシスターがきちんと対応してくれるので、たいへん助かっている。ほんと、カトリックの学校でよかった。

この時期になって、学校がストレスになる子供は少なくないように思える。皇太子様、雅子様の心配な気持ちというのも、よくわかる。愛子さんが元気に学校に通えるようにお祈りします。

・・・と、こんなことを考えながら、ふと思った。「戦後の皇室は、理想的な家族を具現している」なんてことがよく言われるけれど、ほんとうにそうなのかなあ、と。それは、歴史の中の一時期のことだけなのではと。

たとえば、今回の学校のことなんかも、同じように子育ての問題を抱えている親にとってみれば、皇太子夫妻は、共感できる数少ない存在なのではないだろうか。雅子様の健康の問題も、同じような問題を抱えている人たちからみれば、理想的な存在なんかではなくて、むしろ一緒に重荷を背負う等身大の存在といえるのではないだろうか。

あてもなく長距離をこどもと散歩

[ 한글 中文 english ] [2010/01/23 (土)の記事一覧]

子供と一緒に千代田図書館(九段南)に本を返しに行ったら、休館日だった。

仕方ないので、「休日ポスト」に返却して、同じ庁舎1階の「さくらベーカリー」で、あんドーナツを買った。

これからどうしようということになって、きままに、歩けるところまで歩こうということになった。

結局、中央区勝どきまで歩いてしまった。

まず、北の丸公園を散策、皇居東御苑を通り抜けて、大手町から有楽町へ。ファーストキッチンで昼食のあと、銀座の教文館に立ちよった。そして、歌舞伎座の人ごみを眺めたあと、築地本願寺へ。最後は、勝鬨橋を渡って、スーパーで買い物して、地下鉄で帰宅。

目的もなくぶらぶら散々歩きながら話していて、こどもの疑問や興味がどこにあるのかがよくわかった。

(1)最近、葬式のことが気になっているらしい。仏教やプロテスタントの葬式は、カトリックの葬式と何が違うのか。(きっと、白柳枢機卿の葬儀ミサが疑問のきっかけだったのだろう。)

(2)死んだらどうなるのかということについて、カトリックとほかの宗教では考えに違いがあるのか、ないのか。無宗教の人でも天国に行けるのか。生まれたばかりの赤ちゃんが死んだ場合、天国に行くのか。

(3)神の存在を確認することがでなくても、神を信じるべきなのだろうか。神の実在を確信できなくても、それでも神を信じるのは、なぜなのだろうか。

(4)「偶然」ということは、ありうるのだろうか。

(5)ドラえもんの話は、なぜ未来や過去、時間の流れる早さなどといった、「時間」がテーマとしたものが多いのか。

…ドラえもんのことは分らないので、とりあえず(1)のことについて教えた。

そのほかのことは、歩きながら話し合っているうちに、子供なりに答えを出していた。その中で印象ぶかかったのは、死者のために祈るということが、どういう意味をもつのかについて、いろんな仮説を立てていたことだ。たとえば、死者が天国に入れるように祈るのだとしたら、天国に入るまえに、死者がとどまる別の世界があるのではないか、と。

そのほかにも、神が存在する場合と存在しない場合、信じる場合と信じない場合を組み合わせて、死後どうなるか場合分けをして、仮説を検証していた。

結局のところ、自分の信仰生活が理性と矛盾しないことを確認したい、という欲求がとても強いのだろう。それと、自分で仮説をたてて、それを論理的に検証していくことは、小学1年生でもできるのだということ。

ひょっとしたら、小学校低学年でも、やさしく教えれば、論理学や哲学の基礎を身につけられるのではないだろうか。「14歳からの哲学」という本があるけれど、小学生にも哲学は有用かもしれない。

ところで、東御苑には、天皇陛下お手植えの古果樹があるのだけれど、3月にモモを追加で植え込むらしい。何年も後のことだろうが、実がなったら、味見させてほしい。(無理ですか?>宮内庁)

サンリオ・ピューロランド

[ 한글 中文 english ] [2009/12/12 (土)の記事一覧]

サンリオ・ピューロランドに行ってきた。妻の株主優待券が余っているので、仕方なくついて行ったという感じ。まあ、いろいろと楽しめました。

もう20年以上も昔のことだけれど、ピューロランドの工事(配筋、コンクリ打設)の様子を見に行ったことがある。そのときに、「こんな狭い場所で、テーマパークなんかできるのかよ。」と疑問に思ったものだ。まあ、その印象は、今回の訪問でも変わらなかったが。

それにしても、館内いたるところで「くじ引き」だらけだった。なんというか、いたるところ「サンリオショップ」という雰囲気。まあ、サンリオ好きにはたまらんのだろう。

で、かなり異色だったのが、「ハローキティとオズの魔法の国 」というミュージカル。というか、後半は「レビュー」だった。宝塚歌劇団みたいなやつ。重量感のある猫の着ぐるみがでてこなかったら、まさに宝塚。(中国の薄っぺらい脱力系偽キティちゃんと違って、本物はものすごい質量感で、激しく踊りまくっていました。) (続きを読む…)

サッカー終了ほか

[ 한글 中文 english ] [2009/12/04 (金)の記事一覧]

昼前、東京入管に行った。偶然、入管の総務の職員が、いかにも公安関係という風体のの職員をお出迎えしていたのを見かけたのだが、なんとも場違いで妙な雰囲気だった。(ちなみに、東京入管で迷彩色の戦闘服(2型)着用の陸上自衛隊幹部を見かけたことがあったが、いかにも施設見学という雰囲気だった。)

いったい何があったのか。わけのわからない「もやもや」した気分のまま、その後、昼飯を抜いて「ファミリーセール」に行った。

スコッチグレイン」というブランドの靴の販売なのだが、値段がアウトレットと大差なく、お得な感じがなかった。傷物の廉売もすでに終了した様子。ものすごくがっかり。

地下鉄に飛び乗って、空席に座ったら、となりにものすごく臭い人。そのおっさんは、黒色系のコートを着ているのだが、なんか土ぼこりでまみれていて、OD色の作業服みたいな色になっていた。

もやもやした気分が頂点に達して、途中飯田橋駅で下車して、乗り換えようとラッチの外に出たとたん、突然、学校帰りの子供に出くわした。自宅の最寄りの駅ではないのに、なんでこんなことろにいるのかと思ったら、サッカーに行く途中で道に迷ったらしい。

これも神の計らいなのだろうか。そうだとしたら、あまりにも迂曲である。
サッカーのコーチと記念写真サッカーの練習
サッカーだが、今日が最後だった。月謝を払うだけの余裕がなくなってきた(給料が安く、貯金が底をついた)ので、残念だけれど子供が遠慮して「辞める」、と言い出したのだ。そんなわけで、妻がサッカーのコーチの記念写真をとってきた。

家に帰ってから報道で知ったのだけれど、きょうの昼過ぎに、成田支局の統括審査官の入管法違反容疑で、品川の入管ほか、20カ所ばかり同時に家宅捜索があったそうだ。ようやく、もやもやした気分が晴れた。それにしても、統括審査官にそんな悪人がいたとは驚きだ。

なんだか、不思議な一日だった。

シスターと子供たち

[ 한글 中文 english ] [2009/11/22 (日)の記事一覧]

なわとびうちの子供が通っている学校の児童たちが、シスターたちに引率されて巡礼に来てくれた。

教会でのミサ、掃除をしたあとに、近所の公園で縄跳びなどをして遊んだ。写真の後ろに写っている建物は、うちの子供が1年だけ通っていた公立の幼稚園。この幼稚園からカトリックの幼稚園に転校しただけに、感慨深いものがある。

きのう土曜日は授業参観だったけれど、普段の学校の様子からはわからない、子供たちとシスターたちの「素」(す)の様子を、きょう垣間見たような気がした。

シスターに不従順な態度をとったり、わざと憎まれ口をいう子供もいたのだけれど、なんだか母親に甘えている幼児のようだった。かまってもらいたいのが、ありありとわかる。

子供たちのこういう態度は、世俗の教員や神父さん相手のときとはちょっと違って、まるで遠慮がないのだ。

シスターたちは、そんな子供たちと絶妙な間合いをとっている。時にはマジで怒ったり、思いっきり甘えさせたり。決して無視はしないで、いつも見守られている安心感を子供たちに与えていた。これが、ドン・ボスコのいう “assitenza” (英語でいう「アシスタンス」) の教育なんだろうと思った。

いつもは行儀がいい子供たちなのだが、そこから逸脱した子供たちの様子から、修道会が経営する学校のよさを、思いがけず認識できた。