Archive for 2007-04

新生銀行では、投資信託を買わないことにした

[ korean simplified chinese english ] [2007/04/30 (月)の記事一覧]

インドの為替の問題が落ち着いてきたので、4月25日、だいぶ昔に買ったUTIインドファンドの解約をした。営業時間外だったので、約定予定は4月26日。

インターネットから解約すると、「注文状況照会」のメニューに状況が表示されるものとおもっていたのだが、26日からきょうまでの間、何も表示されない。しかも、ファンドの残額はゼロになっているし、資金が指定の口座に入金されていない。連絡がないので、約定したのかどうかさえ、まったくわからない。

仕方なく電話で問い合わせたら、こういうことだった。

1 「注文状況照会」の画面には、約定前の履歴しか表示されない。(約定後は、なにも表示されない。)
2 約定すると、決済(受渡し)前であっても投信の残高に即時反映される。(今回の場合は、残ゼロに。)
3 資金化(決済)されるまでは、普通預金の入金状況には反映されない。(これは、当然か。)

つまり、新生銀行の場合、約定から資金化までの間、顧客の参照できる記録からは、取引履歴から残高まで、何の痕跡もなく消え失せてしまうのだ。そのかわりに約定の通知でもあればいいのだが、そういうものさえ提供されていない。

今回の場合、4月25日に発注して、翌26日約定なのだが、5月8日の資金化(決済)までの、なんと2週間も、あたかも資金が行方不明のような外観になってしまう。

「注文中」だけでなく、「約定済」あるいは「受渡前」といった情報を提供することは、インターネット取引では必須ではないだろうか。

まったく不便このうえないのだが、情報が表示されないのは仕様で、「電話で問い合わせればわかります」という趣旨のことをオペレータに言われたのだが、約定の結果は電話で問い合わせろなどという説明は、注文時には一切なかったように思う。

もう二度と、この店で買い物をするものかと思った。

田中神父着任

[ korean simplified chinese english ] [2007/04/29 (日)の記事一覧]

田中神父歓迎会 田中神父が神田教会に着任して、最初の主日のミサ。ミサ後、歓迎会が行われた。

田中神父は、だいぶ緊張していたそうだ。きょうの福音朗読は、とても短かったので、ちょうどよかったのかもしれない。

説教で、こんなことを言っていた。まず、方向音痴だということ。そして、音痴だということ。なんでも、東京教区司祭の三大音痴のひとりだという。あとの二人はだれなのかはさておき、神学生のとき、あまりにも音痴なので、新垣壬敏先生から「復活の続唱」を歌うことを免除されたという。

午後、司祭館の裏庭で、小さなこどもたちと賑々しく蘭の植え替えをしていたら、田中神父が司祭館の中からこちらを眺めていた。こどもたちに「ほら、神父さんがみているよ!」と教えたら、田中神父がこどもたちを手招きして、司祭館に入れてくれた。こどもたちは、司祭館の中を案内してもらってたいへん喜んでいた。

(私)「お騒がせして申し訳ないです。」
(田中神父)「こんどは、お菓子でも用意しようかなあ。」

このやりとりで、すっかり安心した。大人たちよりも先に、まず子どもたちが神父さんと打ち解けたようだ。

ところで、きょうは第二朗読で「ヨハネの黙示録」を読んだ。きょうのNHK「新日曜美術館」は姜尚中先生が Albrecht Dürer を語るという内容だった。デューラーの自画像のほか、有名な「四人の使徒」、そして、きょうの朗読と同じ黙示録の木版画も紹介されていた。

「1500年の自画像」は、デューラー自身をイエズスになぞらえた、右手の指を重ねている構図。姜先生自身の表現によれば、ドイツ留学は「Exodus」(出エジプト)だったのだという。そんなときにこの絵に出会い、この絵が自分をみつめなおすきっかけになったのだそうだ。

おそらく、最初はこの絵に見つめられている経験だったのだろうが、今では、彼自身、鏡をみているような感覚なのだと言っていた。

暗い時代にあってもデューラーが希望を失わなかったのは、信仰を支えに生きてきたからだけれど、姜先生が自分を見失わずにいられたのは、悩むことによって、自分や社会の存在を確認したからだということを言っていた。姜先生は、明言していなかったが、おそらくドイツ留学中の体験は、彼にとって「自身の信仰の発見」だったのだろう。このあたり、姜先生は、相当慎重に言葉を選んで話していた。

自分だったら端的に、デューラーと同じ信仰が支えだと断言するだろうけれど、さすがに姜先生は、そういう直球を投げてこない。姜先生は最後に、神にかわりうる拠り所があるのだろうか、という問いを視聴者に投げかけていた。感想や意見を言って終わりではなく、相手に問題をなげかけるところが、さすが一流の学者だと思った。

マクドナルドで無銭飲食

[ korean simplified chinese english ] [2007/04/28 (土)の記事一覧]

これだけ食べて、ゼロ円です。

田中神父、神田で初のミサ

[ korean simplified chinese english ] [2007/04/27 (金)の記事一覧]

田中神父着任後、最初のミサ。準備の都合で開始がすこし遅れたが、混乱無く行われて、ほっと一安心。

いつものように、朗読をさせてもらった。これからも暫く金曜日の朗読の係をつづけることになった。

今後、毎週金曜日のミサ後、おそらく11時ごろから、勉強会を行うということだった。ただし、国民の祝日や結婚式のある日はのぞく。

いままでは、稲川神父が多くの細かい仕事を引きうけていたが、田中神父の負担をかるくするために、これからは、香部屋係をおくのがいいと思う、と提案した。

実は、神田教会では、近年香部屋係が置かれていなかったのだ。

香部屋係をおくとしたら、ほかの教会の信徒たちに、係員養成のお手伝いをしてもらいましょう、ということだった。

香部屋係は、洗濯当番と兼務でもいいかもしれない。だれか、香部屋係をしませんか?

マクドナルド バジルえびフィレオ

[ korean simplified chinese english ] [2007/04/27 (金)の記事一覧]

マクドナルド駿河台店 BIGMAC

[ korean simplified chinese english ] [2007/04/24 (火)の記事一覧]

BigMac set

稲川神父、神田で最後のミサ

[ korean simplified chinese english ] [2007/04/22 (日)の記事一覧]

Fr. Inagawa 聖堂がいっぱいだった。

こんなことを言っていた。神田教会をほかの人にゆだねるのは、一番大切なものを人に与えるのと同じなのだと。いらない物だから人に与えるのではなく、大切だから人に与える。

神父さんは、直接言わなかったけれど、逆の立場でも同じはずだと言いたかったのだろと思う。つまり、信徒に大切にされている、よく働く司祭がいなくなると、信者の間で不平不満があるだろうけれども、大切な神父さんだからこそ、喜んで手放す気持ちが必要なのだと。

わたしは、そう理解した。

ところで、金曜日のミサは、きょうと違ってガラガラだった。ミサが始まったときには6人くらいしか居なかった。途中から何人か遅れて入ってきたが、結局10人くらい。とーってもすばらしいミサだったのに、残念だなあ。

最後にこんなことを言っていた。「ふだんミサに来ることのできない人たちのためにも、皆さんで金曜日のミサでお祈りをつづけてください。」と。

たべきれないほどのごちそう

[ korean simplified chinese english ] [2007/04/22 (日)の記事一覧]

ニユートーキヨのケータリング神父さんのお別れ会は、ニユートーキヨーのケータリング。その場で握る寿司やケーキも食べ放題だったが、こどもの世話で手が離せなくて、結局食べなかった。まあ、いいか。