小切手統一法条約 その2
[きょうは会社法の特別授業。おわってから、調べものをした。きのうの夜の続きだ。
まず、条約の原文を探したところ、国立公文書館にあった。外務省が翻訳したのは、英語とフランス語が併記されているものだった。
フランス語のタイトルは、 la Convention portant loi uniforme sur les chèques, avec Protocole et Annexes となっている。
きのう推測したとおり、フランス語では、Annexe I, Chaptiere I, Article premier の第2号は、やはり”pur et simple”になっていた。
2. Le mandat pur et simple de payer une somme determinee;
同じ箇所の英語はこうだ。
2. An unconditional order to pay a determinate sum of money;
UCC3-104の規定振りと同じだ。
“Pur et simple” と “unconditional” のどちらも、 “mandat/order” に対して「副詞的」にかかっている。つまり、振出人が条件なく委託するということであって、支払人が無条件に支払うということではない。UCCでの定義と対比するとよくわかる。約束手形と違って、小切手の場合ではこの意味の違いは、小切手の効力に大な差を生む。
では逆に、conditional order とは何かと言うと、委託の成立に際して条件がついていることをいうのだと思う。
身近な例で言えば、証券会社に「日経平均が16,000円を下回っているならば、日立製作所を1000株成り行きで買い」という注文を入れることは、an conditional order to buy になる。 (“Conditional order” という用語は、株や外国為替、コモディティなどの市場取引では一般的に用いられる。 http://www.investopedia.com/terms/c/conditionalorder.asp)
「支払いについて条件を付す」という意味に解釈することは、文法的にも、慣用的にも、間違っていると思う。そうではなく、1条2号は、支払委託の成立について、条件がないということと解するべきだと思う。
そうすると、手形小切手法を解釈している本には、誤っているものが多いといえる。持参人に支払うときに条件をつけないとの意味に解しているものが結構ある(具体的な書名は、後日書く。)。支払いの委託は単純でなければならず、それに条件を付記してはいけないと解しているものもあった(河本・田邊編 (1989) 『手形小切手法小辞典』 中央経済社 ISBN4-502-70020-7)。これは「単純」を「無条件」とは違う意味に捉えており、なぜそう考えたのかはわからないが、ユニークだ。
前田庸『手形法・小切手法』は、UCC3-104(a)に言及し、約束手形につき「無条件の支払約束(a unconditional promise)であることを要件としている。」と述べている(不定冠詞は”an”の誤植だろう)。小切手など支払委託の場合、「無条件」が振出行為にかかるのか、支払行為にかかるのかということについては、言及していない。(前田先生はどう理解しているのか、後日別の本もあたってみる。)
次に、「単純ナル」の文言に注目して、なんでこんな用語があてられているのか、そのルーツを探ってみたい。
小切手法の立法の直接の経緯は、昨日調べたとおり1931年ジュネーブの小切手統一法条約なのだが、同様の規定は、商法(明治32年法律第48号)530条にも置かれていた(小切手法の制定によって削除された。)。
第五百三十条 小切手には左の事項を記載し振出人之に署名することを要す
一 其小切手たることを示すへき文字
二 一定の金額
三 支払人の氏名又は商号
四 受取人の氏名若くは商号又は所持人に支払ふへきこと
五 単純なる支払の委託
六 振出の年月日
七 支払地
(原文は漢字カナ混じり文)
5号の規定ですでに「単純なる支払の委託」という文言が登場する。この起源は何なのか、実はまだ調べきれていない。
歴史的には、小切手法はつぎのような変遷をたどっている。
- 為替手形約束手形条例(明治15年, 1882)
- 旧商法(明治23年)
- 商法
- 小切手法
為替手形約束手形条例はフランス法を継受しているらしい(要調査)。
フランス法を直訳したと考えると、pur et simpleを「単純ナル」と直訳したとしても無理はない。ただし、最近の仏和辞書では、「無条件の;単純な」「(条件なく)単純の」というように、条件の有無を強調している。
なぜこの述語を用いるようになったのか、その理由について考えてみる。まず思い浮かぶのがボアソナード*だ。
*このblogには教会関係者が多く訪れるようなので説明すると、旧民法などを起草したのがボアソナードというフランス人。彼はカトリックの熱心な信者で、東京の教会に大きく貢献している。彼の寄付した鐘のレプリカは、カテドラルに展示してある。ちなみに、旧商法と明治憲法を起草したドイツ人のロエスレルはプロテスタントからカトリックに改宗したために職を追われ、日本に来ることになったのだそうだ。 (二人の写真はこちらhttp://www.moj.go.jp/SHIRYO/shiryo06.html
)
ボアソナードの民法草案に際して用意されたのが、仏和の法律用語集「民法応用字解 」(明治21年発行)のようだ。復刻版(4万数千円!)はロースクールにもあるが、この本は、国会図書館で電子化している。 http://kindai.ndl.go.jp/cgi-bin/img/BIImgFrame.cgi?JP_NUM=40025823&VOL_NUM=00000&KOMA=1&ITYPE=0
この本は “pur et simple” について、次のように説明する。
単純なる 形容詞 ピュル、エ、サンプル
唯一にして渾(まじ)らさるの意なり。故に単純なる義務と云へは其義務の生するや否や直ちに完全の執行を要むるヿ(こと)を得るものにして夫の期限未必条件其他種々の変体の附着せさる義務を云ふなり。而して場合に従ひ斯の如き性質のものを純を略して或は単一なる或は単独なると記載するヿあり。是れ只其場合の文体に随ひその文字を異にせしと雖も其実に於ては毫も異らさるなり(第九百二十一条第九百四十七条第九百七十二条第九百七十三条)
(原文は漢字カナ混じり文)
“Condition”の訳としては、「条件」の文字があてられており、今日とほぼ同じ意味に定義されている。フランス語から日本語に翻訳する際には、「条件」と「単純」の使い分けが存在していたのか、あるいは、 “sans condition” と “pur et simple” が同じ意味をもつ場合があることに気がついていなかったのかもしれない。
おそらく、フランス小切手法には le mandat pur et simple という規定があって、これの述語として、民法典と平仄をあわせて「単純ナル」をあてたのではないだろうか。そのときに、形容詞の係り方があいまいな条文を制定してしまったために、今日意味が混乱しているのではないだろうか。
立法者や当時の学者がこの条文をどのように解釈していたのか、調べる必要がありそうだ。 案外、立法者はフランス法を正しく理解していたのに、日本語の条文があいまいなために、後になって誤解が生じただけなのかもしれない。
小切手法 その3
ロースクールの図書室で、「単純ナル委託」について、コメンタールはどう解釈しているかを探した。
平出ら[編](1997)『手形・小切手法 注解法律学全集25』青林書院:
この本では、「…